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東大に行くのは俗っぽい

トットちゃんの道は素晴らしく、東大に行くのは俗っぽい、というのはどう考えてもおかしい。ウチの弟だって、小学校二年くらいまでは、字も書けんような落ちこぼれであったが、結局、東大の文I(法学部進学課程)に現役で入り、司法試験にも在学中に受かった。ボクには、トットちゃんよりこの方が、ずっと、救いがあって、現実昧を帯びた“落ちこぼれがはい上がる話”に思えるんや。本来、受験勉強などというものは、やり方さえ間違っていなければ、才能なんていらんもんなんや。ボクは、勉強に本当に向いていない人間なんて10%もおらんと思う。多くは、勉強のやり方を知らんか、親か子のどちらかがあきらめてるだけにすぎんと思う。仮に、運悪く、勉強に本当に向いてない子だったとしても、やはり“トットちゃん”を目指すのは危険やと思う。お笑い芸人にせよ、プロ野球選手にせよ、ピアニストにせよ、その道に卓抜した才能があるのでその道を目指すというのなら別やけど、“勉強ができんから○○にでもさせよう”なんて考え方は、絶対やめてほしい。こんなものは“逃げ”であって、親として最大の義務放棄やと思う。そやから、勉強ができん子を持った親が、『窓ぎわのトットちゃん』を読んでホッとしとるようやと、将来、子に恨まれてもしょうがないと思うんや。それよりは、最後までホンマに勉強に向いてないのかを見きわめたうえで、それでもダメなら、大工さんでも、スシ屋さんでも、手に職をつけさせて、確実に食べていける道を持たせてやる方が親としての愛情やと思うんや。